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実験私小説「ボン・キホーテの放蕩記」

Orippaの小説のご紹介。 体験から生れた私小説なのか、ただの妄想なのか? その判断は読者のあなたです。

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はじめに
親愛なる同窓の諸君、この度私はある一部のファンからの熱い要望があり、この場を借りて小説を書いてみようかと思うに至った。
一口に「小説」といっても素人の私にはどうしていいものやら皆目見当がつかない。
そこで日頃思ったり、感じたりしていることをなんとか言葉にして書き連ねていくうちに、それらしいものになるかなとの気安い思いで試みてみることにした。
なにしろ始めての試みなので、脈絡もなく、その時その時感じた事を「小説風」に書き綴ってみようと思うが、ここに出てくる「僕」は、当然「本人」ではないことを、まず最初にみなさんに判っておいてもらいたい。
というのも、これから書く色々なことに賛同や批判もあることだろうけれど、あくまでも「作り話」なのだから中味のことで作者を罵倒することだけは許してもらいたい。
話を面白くするためには、私的には多少の嘘、ハッタリ(つまり色付け)がなくてはならないと考えているものだから、作者の意図とは違う方向へ話が展開することもあると思う。
作者の名前は敢えて公表しないが、ここに集まるichu26のファンには、言わなくてもすぐに分ることだとも思っている。

とは言え、できるだけ興味のある「お話」にしたいという思いもあり、お話の骨格には、題に表されているように「酒」と、すてきな「グルメ」と、そして気の利いた「音楽」を中心にしていこうと考えている。
そして、それを取り巻く「男」と「女」をペーソスに表現できたらと思っている。
正直に言って、これは作者の好きな趣味の世界でもあり、多少自愛的なことろもあるのだけれど、それがなければ逆に出来ないとも思っている。

最後に、繰り返し言うが、あくまで小説の中の「僕」と作者を混同しないように心掛けていただきたい。
気の小さい作者は、これがキッカケでichu26村から「村八分」になることだけはご容赦願いたいと切に思っている。

第一話「2002年 秋」

秋枯れのする公園をひとり歩いていた。
遠く六甲の山の頂きに雲が覆い被さっていた。
足元の枯葉は、風に巻かれて僕の足に執拗に絡み付いてくる。
そんな光景がボクの目に写っているが、僕が見ているものはそんなものではなくて、心に映る幾多の人間模様から解き放たれることはなかった…。

―何故、こんなことになってしまったのだろ…。

吹きすさぶ風の中にも、枯葉の中にも、そして六甲の山の影の中にも答えは見つからないだろう…。

枯葉が舞う中を、風と戯れる子供たち。
それをベンチに座って心暖めている親たちを見ながら、僕は緑地公園を歩いていた。
陽が少しずつ傾いてきた頃合いなのか、曇天の空が幾分暗くなり始めていた。
フリースに深く手を突っ込んだまま、誰もいないプール・ガーデンの横を通り過ぎ、釣り糸をぼんやり眺めている釣人を見ながら服部駅へ向かっていた。
天竺川を越えたところに、真新しい高層住宅が建っている。
今はないが昔ここに白い団地が建ち並んでいて、僕はそこで生まれた。
新しく出来た高層住宅の庭に、昔辿ったであろう僕の足跡を捜してみだが、そこには瓦礫の屑ではなくて柔らかい芝生が敷き詰められていた。
見上げる高層住宅の窓に明かりが灯り始める。
そこに、止まることの無い生活が既に始まっていることを教えてくれた。

何本かの筋を通って服部幼稚園へ行く手前の右手奥に、塀が無く花に囲まれた家がある。
そこは、とてもおいしいスパゲティーを食べさせてくれる「お店」だ。お店には名前が見当たらない。そこがまた、知っている好きな常連だけの憩いの場という感じがしていいのかも知れない。
「お店」の中はほんのりとした明るさに保たれている。
クロスの笠を被った電球が何年も昔の黄色い光をチリチリと放っている感じがしている。
ドアを入った左手にカウンターとその奥に調理場があり、正面に4人掛けのテーブルと、その右側に8人ぐらい座れる大き目のテーブルがあって、座席はそれで一杯になってしまう。
調理場に無愛想なおばさんが居る。
お店が忙しくなると奥からもうひとり無愛想なおばさんが出てくる。
何回かこのお店に来たが、ふたりのおばさんが軽快な会話をしているところを見たことがない。いつも黙って調理している。
お客たちはみな、ただ「おいしいね。」っていいながら食事している。

僕が店に入ると、いつもの席に既に女が来ていた。
ここで、夕食をする約束をしていた。

「待った?」
と声を掛けながら僕は木の椅子に腰を掛ける。 
「ううん。」
と俯き加減に女は首を振る。
「さぁ、今日は何から食べようか。」
とメニューを繰って彼女に語り掛ける。
「どれがいい?」
「…。」
「そうだねぇ、まずはスパゲティーだね。どれにしよう?」
「そうねぇ、バジリコがいいかなっ。」
「そうだねぇ。それじゃ、僕は明太子にしようかな。…。ワイン飲む?」
「うん。」
「赤がいい?」
「ええ、赤がいいわ。」
「すいません。バジリコと明太子。それと赤ワイン。ボトルで。」

この「お店」にはワイン・リストは置いていない。
無愛想なおばさんが差し出す真心のこもったワインをおいしく飲むのがルールだ。
少々埃を被っていても年代物のワインと思って飲むのがマナーというものだ。
今日出て来たワインも決してピカピカのボトルではなかったけれど、タンニンの渋みが利いたフルボディーのいいワインだった。

「乾杯!」
グラスを目の高さで傾けて、女の顔を正面から見る。
彼女も魅惑的なガーネット色のグラスを傾けて僕の目に視線を送る。
「乾杯。」

他愛のない世間話をしているうちにバシリコのスバゲティーが出来上がってきた。
スパゲティーと一緒に二枚のお皿と二組のフォークとスプーン。
無口なおばさんは、何も言わないでも僕たちが分け合って食べることを知っている。

「おいしいね。」
「うん、ほんとうにおいしいね。」
ほんとうに、この「お店」のスパゲティーは旨い。
料理通ではないので、どう言ったらいいのか分らないのだけれど、
パスタを品のいいオリーブ油とニンニクで炒めた感じがして、
とてもいい味をだしているように僕は思っている。
しばらく、そのまろやかなパスタの味とフルボディーのワインを楽しむことにした。

「ねぇ、ところでこの前の話はどうなったの。」
と女が言った。
「この前の話って?」
「吐呆けないで。」
「…。」
「あの娘に、私のこと何か言った?」
「なんの話しているんだっけ?」
「…。」
「明太子も食べてみろ。おいしいぞ。」
「…。やっぱ、ここのスパゲティーは違うわね。おいしいわぁ。」
「んぅっ。おいしいなぁ。」

女は俯き加減にスバゲティーを食べている。
が、上目遣いの視線がいつ僕に注がれるか不安な気持ちで
僕も俯き加減でスパゲティーを食べていた。

「ワインもいいねぇ。」
「うん、とってもいいわ。」
女の目がだんだん神秘的な光を放ち始めて来ている。
「やっぱり、私ってまだまだ子供で甘ちゃんなのかなぁ…。」
「何言っているんだ。綺麗だし、魅力的だよ。君は。」
「ほんと?」
「本当だよ。」
「…。ありがと。」

ふたりでバシリコと明太子のスパゲティーを食べてしまったが、お腹はまだまだ空いていた。
「次、何食べよう。」
「そうねぇ、ピザがいいわ。」
「それじゃ、今度はベーコンとトマトのピザにしようか。」
「うん、それでいいわ。」
彼女はピザが好きだった。特に生地の厚いやわらかいピザがお気に入りだ。
この「お店」のピザはごく普通の厚さのピザだけど、
オリーブオイルに唐辛子を入れたタレがスパイシィーで僕は気に入っている。
ワインよりもどちらかというとビールがとても良く合う。
そこで、ワインの途中だが生ビールを頼むことにした。
彼女も運ばれてきた僕のビールをがぶがぶと飲みながら、

「でも、なんで貴方あんなこと言ったの。」
「別にこれといった意味はないよ。ただ、世間一般のことを言ったつもりだけど。」
「嘘っ…。誰もそんな風に思わないわ。」
「そんなことないよ。それは君がそう思っているだけだよ。」
「貴方、私をバカにしているでしょ。」
「なんでバカにしなきゃならないんだ。」

ピザがあっという間に無くなってしまった。
「どうする。もう少し食べる。」
「食べる。」
「何にする?」
「何にしようかなぁ。最後はやっぱりお米系かな。」
「それじゃ、ピラフかドライカレーか…。ドライカレーにしようか。」
「そうね。それでいいわ。」

この前、ホテルの鏡に写る裸の二人を見比べていてすっかり僕の体の中に納まってしまう小柄な彼女だったが、食欲だけは僕以上にあるのが不思議だ。それと、何か心の中にわだかまりを持っている様なのに、ブツブツ言いながらもこの食欲は一体どこから出て来るのだろう。
「何を考えているんだい?」
僕の目を上目でジィと見る彼女。
「何にも…。」
と答えて吐呆けた顔を作ってみせる。

 -かわいい女。

彼女に似合う言葉だ。僕はそんな彼女に見入ってしまうのだった…。

熱くて、辛いドライカレーをふうふう言いながら頬張る。
もったいないが時間がたってますます旨くなったフルボディーのワインで舌を冷ます。

BGMには軽いスウィングが流れている。
黄色いチリチリとした光の下で、
僕と彼女の週末の時間が流れて行く。
河を流れて行く枯葉のように、漂えど沈まず…。

第二話「2003年 2月」

春の訪れの前には、決まって雨が降る。
街を萌える緑と満面の花で敷き詰めるために、豊潤な水を神が与えるのであろう。
ハンター通りを少し登り一つ目の筋を右に曲がって少し行くと、突き当りの左手に「Soeur et Fre’re(ソール・エ・フレール)」というガーデンレストランがある。

マンションの一階に木の柱を組み合わせたテラスがあり、室内もふんだんの木材と土壁でリフォームされていて、とても和(なご)めるスペースが作られている。
僕は中央のテーブルに座り、女の背中越しに窓の外を眺めていた。
灰色の街に幾筋もの雨が白い糸を引いて落ちている。心なしか沈んだ気分だったが、やがて来る春の準備なのだと思うことで落ち着いた気分を取り戻すことが出来た。
「無理をすることはない。自然のままでいいんだ。」そんなことを心の中でつぶやいた。
そして、目の前の女に笑みを送った。
女は、はにかんだ笑みを返してくれる。これだけのことだったが、心が満たされてくる思いがした。

パスタランチを食べ終えたところで、街に出た。
雨は激しくはないが、いつまでもしとしとと降っていた。
時折、風に巻かれた雫が冷たく頬を濡らす。
葉の無い街路樹の下を、恋人たちがひとつの傘の下で寄り添って歩いて行く。濡れた石畳のトア・ロードは、パラソルで極彩色の花が咲き乱れていた。僕と女もその花のひとつで、周囲の風景に溶けたひとつの色でしかないのだろう。
傘を差した二の腕に女の暖かい乳房の膨らみを感じた。
そして、夕べのことを思い出していた。

「久し振りに神戸に行かないか。」

 携帯に向かって声を掛けた。

「そうねぇ。それもいいかもしれない。」

「それじゃ、8時に三宮の東急ハンズの前で待ってるよ。」

「分ったわ。それじゃ、後でね。」

冬の黒い夜の中に浮かぶ街灯に照らされて、女は白いコートに黒のロングスカートといった姿で現れた。
僕は黙って女の荷物を受け取り、空いた手を握り締めた。
そして、生田新道を西へ向かった。
ワシントン・ホテルを過ぎて少し行ったところに「銀太郎」という看板が路端に出ていた。
右手を見ると階段があった。そこを半分ほど上ったところに、暖簾に隠れた小さな格子戸があった。手探りして格子戸を開ける。中から厨房の湯気に混じって、にぎわう客の温かい声が聞こえてくる。
 

店の中は裸電球が何個か灯っている程度の明るさで、静かにジャズが流れていた。店員に窓辺の小さな机に案内され、そこでコートを脱いで席についた。
女は座席を確かめるように何度も椅子を引いたり、手荷物を置く場所を捜したりしている。そんな様子を僕はじっと見ていた。しばらくして店員がおしぼりとお箸と付だしを持って来た。


「何にいたしましょう。」
女の顔を見ながら、僕は答える。

「取敢えず、ビール。瓶でいいよ。」

「かしこまりました。」
と言って店員は下がって行った。
そして、ビールとグラス2個を持って再び現れた。差し出されたのは「銀河高原ビール」だった。青いボトルに入っている。グラスに注ぐと麦芽の黄色い汁がそのまま残っている様な濁った色をしている。
しばらくその色をじっと眺めて、女とグラスを重ねた。
ぐっと一息あお煽る。濃い麦汁が喉を通っていき、胃をひた漬していく。

「ご注文は?」
店員が控えめな声で尋ねる。

「そうだねぇ。取敢えず、平目の刺身と豆腐サラダかな。」
女は黙って頷いている。

「かしこまりました。」
と言って店員は厨房の方へ行った。

「ほんとに嫌になるわ。」
付だしを箸でつついていた女が喋り始める。

「どうしたんだい。」

「もう、ほんとにどいつもこいつも自分のこと棚にあげて、好きなこと言うんだもの。」

「そうとう、おかんむりみたいだね。」

「もう、どうにかして欲しいわ。」

「…。」
「営業成績が上がらないから売上上げろ上げろって言ってるわりに、自分たちは何にもしないで経費ばっかり使って何が赤字、赤字なのよ。あの人たちが、一体いくら稼いでいると思っているのよ。」

「そうだね。」

「結局、私たちが一生懸命稼いでいるだけじゃないの。それを、何にもしないくせに足らない足らないって何言っているのよ。」

「古いんだよな。あいつらの考え方。部下を叱咤激励すればいいと思っているんだよ。世の中変わったってことに気付いてないんだ。」

「本当、そうよ。何にも出来ないくせに。左遷させられて来たというのに、まだ何にもわかってないのよ。バカだわ。ねぇ、知ってる。あいつ、前の会社で従業員のI子と出来てたんだって。」

「へぇぇ。」

「I子もI子よねぇ。そんなこと皆知っているのに、知らん顔してT男と結婚したでしょう。一体どういう神経しているのよ。」

「ほんとかよぉ。」

「知らなかったの?あなたも案外暗いのね…。しかも、結婚式の時の仲人があいつだっていうじゃない。信じられる?」

「仲人だったって話は聞いたけど…。」
信じられない話のようだったが、話を聞くと出来ていたというのは本当の様だった。

「本当に懲りないんだから。前にもあったでしょ。入ったばかりのOLに手をつけて、可哀想に彼女泣き泣き辞めていったでしょ。そんな話ばっかり。」

女はグラスに残っていたビールを一気に飲み干した。


「次、どうする。」

「そうねぇ、今度は焼酎にしようかな。」

「お湯割?それともロック?」

「お湯割。」

「何か入れる?」

「梅。」
「すいません。焼酎のお湯割二つ。
梅干入れてね。
それとさわらの味噌漬け。」

サックスがブルーな旋律を奏でている。
躊躇(ためらい)がちにピアノが後を追う。街のネオンが交錯し、女の顔を赤く染めている。
笑っているが、どこか泣いているピエロを思わせる不思議な顔だった。

「しょうがないなぁ。
自棄(やけ)を起こさないでくれよ。どうしようもないんだから…。」

「どうしてなの。私、がまんできないわ。」

「だって、それは内の社長が決めたことなんだから仕方ないだろう。」

「私、社長に言ってやろうかな。」

「おだやかじゃないなぁ。だめだ、だめだ。それこそ、自分に火の粉が掛かるよ。大体、社長が決めたことで、社長が甘いんだから仕方ないじゃないか。」

「もぉ、どいつもこいつも…。」

さわらが出て来た。香ばしい香りが辺りに広がる。
備前焼のお皿の上に程よい大きさのさわらとその横に紫蘇の葉に盛られた大根卸しと生姜が添えられてあった。

「おいしそうだね。」

「おいしそう。」
女はニッコリ笑って箸を持ち上げる。
女はさわらを真中からふたつに割って、僕に目配せする。

「いただきます。」
僕はふたつに割られたさわらの真中の方からひとつまみ取って口に運んだ。

「うん、旨い。」

「おいしい?私もいただこうかな。」
女も、もう片方の切れ端から箸を入れた。

「うん、とっても美味しいわ。」
目をまん丸くさせて、口をもぐもぐ動かしている。
かわいい表情のひとつだ…。

「ところで、おまえはあいつと何もないのか?」

「…。」
上目使いで僕を見る女…。

「んっ、どうなんだ。」

「昔、こんなことがあったわ。」

「…。」
「常務会の後、食事会があってその時私も誘って下さったのよ。その時、あいつが今夜はホテル阪急の○○○号室に泊まっているからって私に言うのよ。」
そこまで言って、女はもう一度僕の顔を見る。
動揺しているところを見せまいと僕は無理して能面の顔を造る。

「自分を何様って思っているのかしら。」

「…。」

「そんなことで、女が来ると思っているのかしら。」

「そういう女も居るんじゃないか?」

「…。失礼よ。」

「だって、会社の常務さんだぜ。まだ若いし容姿だってまんざらでもない…。グラッてくる女もいるんじゃないか。」

「そうかも知れない…。だけど、それって女なら誰でもいいってことじゃない。」

「君は特別だよ。誰が見てもチャーミングですてきな女だよ…。」

「…。ありがと。だけど、それってやっぱ違うは。」

「そうだね。まぁ、あいつにしたらそういうことなんだろうけど。」

「失礼しちゃうわ。最低…。」

「ところで、おまえはその後どうしたんだ。あいつの所へ行ったのか?」

「行く訳ないじゃない。」

「本当か?」

「あなたも失礼な人ねぇ。私が行く訳ないでしょ。思い出しただけでムカムカしてくるわ。」

「…。」

「ムカ付いてくるわ。どうしてくれるのっ。」

 と僕を睨む。

「ごめん、ごめん。この話、止めた。でも、本当に嫌な奴だな。あいつ…。」

「ほんと、嫌な奴よ。どうにかなんないかしら…。」

女もだんだんこの話題に阿呆らしさを感じてきているようだった。
さわらを口に運んだ箸をそのままにして箸に残った旨みを舐めている。箸を口に入れたまま、僕にはにかんで見せて生姜に箸を伸ばす。

「こういう時の生姜って美味しいのよね。」
そう言って生姜を口に入れ、わざと口を大きく動かしておどけて見せる。

「美味しい。」

「かわいいよ、君は。」
僕は聞かせるように独り言をつぶやいて、生姜に箸を伸ばす。

「いいねぇ。この味。」

「ねっ、美味しいでしょ。」

「旨い、旨い。」

それから小一時間ほど食事と酒を楽しんだ。
話題も楽しい仲間たちの他愛のないものになった。
その内、酒も程よく廻り、お腹も一杯になった。

「ぼちぼち、引き上げようか?」

「そうね。あら、もうこんな時間。」

「あっと言う間だね。」

「そうねぇ。どうしよう…。」

「すいません。お・あ・い・そ。」

僕と女は白い街頭が灯る街へ出た。
そこから見る空は漆黒の闇のように思えた。

 -何もかも忘れるために、時に闇に舞い戻るか。
そんな事を僕は胸の中でつぶやいた。
女が小走りに僕に駆け寄って、軽く腕を廻す。
僕はしっかりとその腕を小脇に挟んで歩いた。

「ねぇ、どこ行くの。」

「そうだねぇ、エデンの園かな。」

「なあに、それ?」

「戻るってことかな。古き良き時代に…。」

「どういうこと…?」

「昔ね、アダムとイブが住んでいた頃にねっ…。」

歩きながら話始めた。
女は聞き漏らすまいと顔を近づけてくる。
自然、僕たちは頬を寄せ合って歩く格好になる。
白い吐息が街頭の下で空気に溶けていく。

「まだ、世の中に悪も罪もなかったその頃はね、男も女も何も付けずに裸で生活していたんだ。」

「へぇっ、それで。」

「それでね、その頃は男も女も裸でいてもぜんぜん恥ずかしくなかったし、それが自然の姿だったんだ。」

「ふぅん。」

「いいだろう、無邪気で。かわいいと思わないか?」

「そうねぇ、開放的でなかなかいいかも。」

「そうだろう。そこでね、男も女も木になった果実を取って、何不自由なく幸せに暮らしていたんだ。」

「ふぅん、すてきね…。そんな所へ行ってみたい。」

 女はどこか前方の虚空を見ている。

「行ってみたい?」

「うん、行ってみたい。」

僕と女は生田神社の横を通り、駅とは反対の方角へ歩いていった。
摩耶山の頂に帆掛け舟のイルミネェーションが夜空を航海している。
あの舟が僕と女のノアの箱舟かも知れないと思った。
中山手通を過ぎると坂が急になった。
女の手を繋ぎ僕は坂を登った。
女は白い吐息を吐きながら僕について来る。

「ねぇ、どこ行くの。」
少し心配そうに女は訊ねる。

「さっき、行ったろぅ。エデンの園だよ。」

「えっ?」

僕は立ち止まった。
ちょうど神戸女子短大の前だった。
煉瓦造りの校舎が白い街灯で浮んでいるのを僕は見た。
そこで僕は女の肩に手を置いた。
女はじっと僕の目を見ている。
僕はそのまま女の唇に自分の唇を重ねようと、そっと顔を近づけた。
女は立ったまま、じっとしていた。
次第に目は閉じられ、そっと顔を上向けるのだった。
そして僕は、そっと唇を重ねた。

雨は止みそうになかった。
宛無く僕たちは歩いた。
少しずつ現実に戻る準備をしなければならいと、僕は思っていた。

元町の商店街へ出た。
古いブティックが並ぶこの商店街は独特の雰囲気を持っている。
幾分古びた暗い感じも否めないが、年塾の落ち着きとその中に秘める期待に引き入られてしまう。
お店の中をよく見るとそれぞれに個性的な一級品の風合いを漂わせている。そんな元町商店街の一筋北側の通りに「Jam Jam」というジャズ喫茶がある。そこで、僕と女は歩き疲れた体を少し休めることにした。
地下の広い店内に、低いソファーがゆったりとした間隔に置かれていた。
ほの暗い照明が雰囲気を作っている。僕と女は、並んでソファーに躯を沈めた。

そこで僕はカクテルの「ワンモア・フォー・ザ・ロード」を頼んだ。
女は「ムーラン・ルージュ」を注文した。
もうひとつの別の人生があったら…。
カフェインの苦味(にがみ)とミルクのまろやかさとブランデーのコクが口の中に広がり、テナーサックスの音に混ざり込んで躯に溶けていった。すると、やがて深海の奥へ、奥へと誘われるような心地良さに誘われていった。
「このテナーサックスの旋律と、ピアノのリズムはなんなんだろう。」と思って聞いているうちに、頭の中は完全に思考を停止した。
心臓の音だけが低く確かに鼓動してる。
そして、その心臓から、腕に、足に、血液が脈打って流れているのを感じていた…。

 -ここにこうしていても、僕は生きている。
    ここにこうしている間も、僕は生きている。 

何故か、そんなことを思った。そして横にいる女をそっと感じてみた。

 

-この女は何を感じているのだろう。

夕べは間違い無く僕と同じ感覚の中にいた。
だけど今はそれも薄らいでいる。
なにごとも無く笑っているこの女は、僕には知り得ない感性の中で生きているのだろうか。
この瞬間、彼女の手足にも脈動する赤い血が流れているのだろうか。

そんな事を考えていた。

だが、女のか細い指がカクテルグラスの上をゆっくりとビロードを撫でるように動くのを見て、つまらない僕の妄想もそのまま深海の泡となって消えていった。ブロック壁の前に置かれた大きなスピーカーから、いつしかスウィングが流れていた。

-さぁ、街に出よう。 
そして、また来る日のために、今、目の前にあることをやろう。

店を出て、僕と女は駅へ続く濡れた歩道を歩いていった。

第三話 「1979年 夏」
[警告]18才未満の方は、以下お読みにならないようにご注意申し上げます。

京都の夏は祇園祭から始まる。
町全体が茶褐色の格子と簾に衣替えをすませ、風鈴の乾いた響きが長閑(のどか)に風にたなびくようになって始めて、白い入道雲と蒼い空が似合うようになるのだ。

四条通りに山鉾が並べられ、揉み上げにした髪の女たちの浴衣姿が町をそぞろ歩く夕暮れ時になると、今年も夏が来たという思いがしてくる。

僕は、今年も四条寺町を下った所にある仕出し屋でバイトしていた。
主な仕事は店の掃除と配達と、そして戻って来た食器の後片付けだった。
何もすることのない時は、店の前の道端に座り込んで、町行く人々を飽きもせず眺めていた。

京都の夏は暑い。
夏が来る前から昼間の気温は裕に体温を越している。
僕は軒下の日蔭の中から、明るい街を眺めていた。
白い日傘を差した着物姿の貴婦人が、襟足から流れる汗をずっとハンカチで押さえていて、ゆがんだ顔は時々癇癪を起こしてハンカチを口元でゆらゆらさせたかと思うと突然ぎゅっと噛み締めたりする。
ステテコとランニングシャツ一枚のおやじが、タオルを頭に巻いて愉快そうに一人ニコニコ笑いながら歩いている。
若い娘の白いブラウスは太陽にすっかり透かされていて、青いブラも汗をかいている。そんな光景を僕は日蔭の中から眺め、ひとり愉しんでいた。

宵山のその日は、亮子が大阪から遊びに来る日だった。
仕事が終わる時間を僕は愉しみに待っていた。
夕方の五時になり、その日も無事に仕事を終えた安堵感とともに、僕はすぐ先にある四条木屋町の高瀬川に掛かった橋に向かった。
そこで亮子と待ち合わせる約束をしていた。
しばらく橋の欄干に腰を下ろして涼風を楽しみながら待っていると、挨拶代わりの笑顔をみせて彼女はやって来た。
亮子はジーンズに麻で編んだ白いサマーセーターを着ていた。

「待った?」
「ぜんぜん。今来たところだよ。」
「そう、良かった。」
と言って亮子は僕の腕に腕をからませてくる。
「仕事どうだった。」
「別に…。いつも通りさ。」
「そう。」
「ところで、どこ行く。」
「そうねぇ、せっかくだから八坂神社へ行ってみましょうか。」
「そうだね。」

僕と亮子は人込みが仕始めた四条通を東へ向かった。

鴨川の風は、北山に映える夕陽の照り返しの影を涼しげに流れている。
亮子の長い髪が気持ち良さそうに揺れる。
橋を渡りと、祇園の女たちの陽気な声が聞こえてくる。
道筋に並んだ土産物屋の中も観光客で賑わっている。
前を向いたままの亮子は、そんなことにお構いなく、僕を引きずって行く。
八坂神社はもう目の前に来ていた。


急な石段を登り朱色の門をくぐると境内は露店で犇(ひし)めいていた。
神社の杜に囲まれて暗くなったその辺りは、露店の裸電球の光が眩しく、商品を黄金色に輝かせている。
露店を取り巻いている赤い垂れ幕もそれに一役買っているようだ。
物珍しそうに露店を覗く僕を急き立てる様に亮子は言った。

「取敢えず、先にお参りしましょ。」
「うん。分った。」
込み合った境内を抜け、なんとか本殿に辿り着いた。

ポケットから小銭を取り出した。
百円玉や十円玉が無造作に手のひらに乗っていた。
亮子はお財布の中から小銭をより分け、大事そうに二枚硬貨を取り出した。
十円玉と五円玉だった。
「十分にご縁がありますように。って意味なのよ。」
と、僕の顔を見て笑う。
僕の手のひらには五円玉は乗っていなかったので、しかたなく十円玉をふたつ投げることにした。

-なんでもいいから、二重によろしく。
そんなことをつぶやいた。

横を見ると、亮子はまだ一生懸命お祈りしている。

-十五円にしては、欲張りすぎだぞ。
腹の中で思った。でも、これだから女はしたたかなんだとも思った。

「終わったわ。」

亮子はすっきりした顔で僕を見上げる。
「お腹空いたなぁ。」
「そうねぇ。何か食べる。」
「屋台で何か食べようか。」
「うん。」

亮子はまた僕の腕にしがみついてくる。
亮子の汗ばんだ柔らかい腕。
そして僕の二の腕が、無意識に亮子の胸に押しつけられていく・・・。

丸山公園へ向かう途中の裏参道の屋台で焼き鳥とビールを飲んだ。
ビールは乾いた躯に染み込んでいき、あっという間に僕を酔わせてしまっていた。
大きな焼き鳥の串を頬張る亮子も赤い顔をしていた。
甘辛いタレを落とさないように、首を伸ばして噛み付く。
その姿のまま、手は焼き鳥の串からビールの入ったコップに持ち替え、口を尖らせてビールを啜る。こっけいな姿だが、どこかひょうきんで愛嬌を感じる。
二人で二本ずつの焼き鳥とビールを二本飲んだ。
結構お腹が膨れた。

店を出て、丸山公園へ向かった。
丸山公園も屋台で一杯だった。
広場では所狭しと人が座り酒盛りをしていた。
座る場所を見つけるのも大変だった。
しばらくぶらぶら歩いていると、池のほとりに
座るのに調度いい大きさの石がひとつあった。
そして、そこに並んで腰掛けることにした。
自然と躯がくっつく格好になる。
汗ばんだ亮子の躯からは、ほんのりと女の匂いが立ち込めていた。
何気なく亮子の顔を見る。
そして、首、胸元と視線を辿っていく。
その時になって、僕は始めて亮子がサマーセーターの下に何も付けていないことに気がついた。麻の網目から、亮子の白い肌が見えている。
「えっ。」という思いと同時に、気付かれないように胸のまわりを注視する。
腕の下から背中にかけてあるはずのブラがない。
恐る恐る前が見えやすいように姿勢を変える。
吸い付きそうなまあるくふくらむ白い肌。そして、その先は…。

「?」

無い…。あるべきものが無い。
僕は今だ本物を見たことがなかったんだけど、
本来そこにあるはずの突起を想像していたが、
麻の網目から覗く亮子のその部分には何も無く、ただ白い肌が続いていた…。

混乱した頭を切り替える必要があった。そして、亮子に言った。

「もう少し、何か食べようか。」
「そうねぇ。」
「たこ焼きにしようか?」
「うん、それでいい。」
「じゃぁ、待ってて。買ってくるから。」

亮子をそこに残して、僕はたこ焼きを買いに行った。
行く途中、何度も亮子を振り返った。
不思議な生き物を見るような気がした。
しかし、亮子はその度に笑って手を振ってくれる。

昔ながらの舟に載ったたこ焼きと缶ビールを二本買って亮子の所へ戻ってきた。一缶亮子に手渡して、横に座る。お尻が触れ合う。
亮子の柔らかなお尻が僕のお尻を押し返してくる…。

「まだ、熱いよ。」

藁(わら)半紙に包まれたたこ焼きを取り出す。
湯気が立ち昇る。端っこにつけられた爪楊枝をひとつ亮子の手に持たせる。
たこ焼きを乗せた僕の左手は、灼熱地獄に陥っているが構わないことにした。
先に僕がひとつ取って、ふうふう言いながら口に運ぶ。
歯の間で熱いたこ焼きを挟むようにして食べながら、目で亮子も食べろと促す。
僕の額からは、手のひらと口の中の熱さで汗が止めどなく流れ出す。
そんな僕を、何も言わずいたずらっぽい目で見ている亮子。
亮子もたこ焼きをひとつ取って左手を添えながら口に運ぶ。
亮子の顔も、熱さに歪んでくる。火傷しないように口をひょっとこみたいにフカフカさせ始める。
今度は、僕が笑う番になった。

「なっ、熱いだろう。」
「意地悪…。」

と言いながらも亮子の目は笑っていた。
ふうふう言いながら、おどけてひょっとこの真似をした口先から蛸を出したり引っ込めたりさせた。それを見て圭子は、「いやだぁ。」と言って笑う。
たこ焼きも残り少なくなってきた時に僕は勇気を出して訊ねてみた。

「亮子。亮子の胸さぁ、ふつうこの蛸みたいな奴がぴょこっと付いてるだろう。だけど、亮子の胸、それが無いのって何で…。」

「…。」

「?」

「フフフッ。」

亮子は口に入れたたこ焼きを吐き出しそうになって顔を歪めた。それから、下向いて口を手で押さえていたが、その内みるみる顔が赤くなってきた。そんな様子を見て、僕は凍りつきそうになってきた。口の中のたこ焼きを食べ終えて、覗くように僕の目を見る亮子。しばしの沈黙…。そして、ゆっくりと亮子の口が開く。

「それはねぇ。ヒ、ミ、ツ。」
「…。え゛~っ。」
僕は顔中の汗を拭いて、ビールを飲み干した…。

夏の空もすっかり暮れなずんできた。
僕たちは、そのまま丸山公園を後にし祇園に出た。
そして、大人たちが嬌声をあげる町を少しドキドキしながら覗き見て通りすぎて行った。川端通りまで来ると鴨川沿いに北へ上(のぼ)った。
対岸の土手には、アベックの黒い影が等間隔で並んでいた。
こっちから手を振ってふざける僕を、亮子は本気で怒った。

三条大橋を渡った。
川を渡る風が涼しい。橋の上でしばらく立ち止まり、ふたりして意味もなく川の流れを見やっていた。そして、それとなく亮子の肩や腰に手を廻す僕だった。
柔らかい肩、腕。そしてくびれた腰からなだらかに盛り上がるその部分を触っても、亮子は何も言わなかった。
僕の手のひらは天国にいる思いだったが、亮子は何食わぬ涼しい顔をして川の流れを楽しんでいる様子だった…。

「僕たちも、あそこに座ってみようか。」
「でも、一杯で座る所無いんじゃない。」
「割り込めばいいよ。」
「…。なんか情緒ないわねぇ。」
「そうかい?」
「歩きましょうよ。」
「えっ…。」

-折角盛り上がって来たのに…。
あの土手に座って、僕は亮子の肩に手を廻してファースト・キッスをするつもりだったんだ。
なのになんてことを言うんだ…。

僕たちは高瀬川に沿って歩いた。
暗闇の中、枝垂れ柳が風に揺られ、僕はなんとなくストイックな気分になっていた。手を繋いだ亮子も辺りを見渡しながら黙って歩いていた。
「どうしようか。」
「そうねぇ。」
「どこかお店に入ろうか。」
「そうねぇ。」

僕は適当なお店がないか捜し始めた。狭い路地を抜けてみると先斗町に出ていた。先斗町を少し下っていくと、ここには似合わない「DISCO」の文字が目に飛び込んで来た。
「へぇ、こんな所にディスコがあるんだ。」
看板には「SAMANSA」という店の名前が書かれてあった。
「面白そうだね。入ってみる。」
「面白そうねぇ。入ってみましょうか。」
亮子も興味を持ったみたいだったので、店に入ってみることにした。

戸を開けると中はけたたましい音が響いていた。入口は狭く、入って直ぐの所で前料金を払うシステムになっていた。
「お二人ですか。」
「そう。」
「それじゃ、男性四千円、女性三千円頂きます。」
合計すると僕の一日分のバイト料だった。
僕は財布から千円札を七枚取り出して店員に渡した。
「どうぞ、こちらへ。」
店員の後をついて奥へ入って行った。亮子も僕の後をついて来る。
指定された所はステージの横の奥まった所に置かれた小さな丸テーブルだった。
「お飲み物は?ワン・ドリンク、サービスになっております。」
「それじゃ、モスコ・ミュール。」
僕は憶えたてのカクテルの名前を言った。
「私も同じ物。」
亮子は、辺りをキョロキョロしながら答える。
「かしこまりました。」
と言って店員は下がっていった。

店全体は京都ならではの細長い造りになっているようで、そのほぼ中央にステージを設け奥に客席を二階建てで作ってあった。それと、ほそい通路に沿って小さなテーブルが三つ置いてあって、僕たちはその内の一番奥に居るといった具合だった。店内はシャッフルなソウルが鳴り響いていた。そして、ステージの中央では奇妙な光景が展開されていた…。

なんと袈裟を着た三人組の坊主が飛び跳ねているではないか。
唖然として、僕は亮子を見た。
亮子の目もそれに釘付けになっている。
「なっ、何なんだ?」
目が点になっている亮子も、そのまま首を廻して僕を見る。突然、噴出しそうになったが、全身を震わせて思い留まった。亮子も手を必死に口にあて、笑いを噛み殺している。
「さすが、きょ、京都だねぇ。」
そんな時、店員がモスコ・ミュールとつまみを持って来た。乾杯をするのも忘れて僕はモスコーを一口飲んだ。ウォッカとジンジャエールのピリッとした感じがとても心地良い。少し飲んで、上(のぼ)せた頭と体を冷ますことにした。亮子も少し体をずらした感じでグラスに口を当てていた。
「踊ろうか?」
「うん。」
僕は亮子の手を取って、ステージへ行った。そして、亮子と向かい合ってリズムに体をまかせた。
二、三曲踊って、僕は席へ戻った。アルコールのせいもあって心臓がドキドキ鳴り始めていた。亮子はひとりステージに残り、音楽に身をまかせている。僕はグラスを傾けながら、そんな亮子をぼんやり見ていた。頭の中では今日一日のことを思い返していた。
モスコーのおかわりを頼み、ふとステージを見ると、何時の間にか亮子を取り巻くようにさっきの坊主達が踊っていた。良く見ると、口元をニタニタさせ、腰を突き出すように変な踊りを踊っている。亮子の後ろで、はやる様に腕を振る坊主…。亮子は、引きつったような作り笑いを浮かべているが、全身から明らかに緊張感が漂っていた。

「やばい…。」
心臓が、警鈴を鳴らすように大きく鼓動し始めた。
それと同時の、僕の頭の中では、
「落ち着け、落ち着け。」と言い続けるのだった。

僕は席を立ち、ゆっくり彼等に近付いていった。
そして、亮子に向かってゆっくりと言った。
「席に戻ろうか。」
亮子の手を取って、席へ戻ろうとした。
しかし、坊主のひとりがでかい体で僕の行く手を遮る。
そして僕は、できるだけ腹の底から搾り出すようにしてそいつに言った。
「なんやぁ。」
「…。」
「何やっとんじゃい。」
「オぉい、こらぁ~。」
横にいた坊主が、頭突きをくれるようににじり寄って来る。
「なんや、お前。誰に言うとんじゃ。」

亮子は後ろから、僕の手を引いている。

「なぁにぃっ…。」
「出ろっ。」
「なんやとぉ~。」
「表に出ろっ。」

三人は顔を見合わせる。そして、でかい坊主が顎で残りの二人にいった。
「おぃ、出ろ。」
ひとりが、ふてくされたように向きを変え、玄関の方へ向かった。
亮子を先にやり僕も玄関へ行こうとした。
その時、いきなり鈍い衝撃を頭に受けた。
僕は、亮子の、悲痛な叫び声を聞きながら、気を失っていった…。

気が付くと、そこは車の中だった。
座ったまま、救急隊員に体を支えられている。
押さえられた頭から、ズキズキとした痛みを感じていた。うっすらとした視界を巡らせると、その先に消え入りそうな亮子の姿があった。

病院に着いた。
救急隊員に体を支えられたまま、僕は歩いて中へ入って行った。
数歩あとから亮子が付いて来ていた。

診療室の中で、僕は麻酔をかけられ何針か縫った。
そして、包帯で頭をぐるぐる巻きにされ、白いネットを被せられた。
そして、白衣を着た医者に、しばらくは安静にしているようにと無表情で言われ診療室を後にした。

廊下に出ると、向こうのベンチシートに背広を着た男と亮子が並んで座っているのが見えた。僕は、まだ痺れた頭と体を引きずって、近付いていった。座ったまま、亮子がこちらを見る。背広の男も振り返り、立ちあがって僕を見る。僕はとぼとぼと歩いて行った。
「大丈夫か?」
背広の男が、僕に言った。

「えぇ、大丈夫です。」
「私はこういう者だが。」
その男は、警察手帳を見せながら語り掛ける。
「訴えるかね。」
「いいえ。大したことでは無いので…。」
と僕は答えていた。

「事情は、彼女から聞いた。殴った奴も、すぐ現場から逃げたみたいで今行方を捜しているが…。」
「いいんです。大した怪我じゃないみたいなんで…。」
「そうか。無茶するんじゃないぞ。」
「はいっ。」
僕は亮子の顔を見ていた。
「どうも、すいませんでした。僕も悪かったみたいです…。」
「分った…。
まぁ、何かあったら彼女に言っておいたから、連絡して来なさい。」
「はい。お騒がせ致しました…。」

刑事は、「それでは。」と言い残し、玄関を出て行った。

残された廊下の隅で、僕は亮子の肩に手を置いた。
そして、その場で泣き崩れてしまった。

しばらく誰もいない病院の廊下のベンチで、僕は亮子の肩に顔を埋め泣いた。何故かは分らなかったが、胃が千切れるような思いをしながら泣いた。そして、亮子に言った。

「ごめん…。」

亮子は黙っていた。だけど、亮子の目も真っ赤になっていた…。

それから、僕と亮子は夜の街に出た。
辺りはすっかり静まり返り、白い街灯が点々と道を照らしているだけだった。僕は寄り添う亮子を抱えたまま、しばらく黙って歩いていた。

-ここは、どこなんだろう。
京都のどこかなんだろうけど、今の僕には分らない。
亮子が居る。
亮子に聞こうか。
いや、どうでもいい。
ここがどこかなんて、今はどうでもいい。

亮子をしっかり小脇に掛(かか)えるように歩きながら、僕はそんな事を考えていた。亮子も下向いたまま、黙って僕を支えるように歩いていた。
僕は、そんな亮子の温もりをもっと感じたいために、亮子をもう一度しっかりと抱き掛え直していた…。

「ねぇ、大丈夫?」
亮子が言った。
「ああ、大丈夫だ。」
「…。どうする?」
「んっ…?」
「もう、電車ないよ。」
「えっ…。」
顔の下から、亮子が僕の目を見る。
「もう、夜中の一時よ。」
「…。ごめん…。こんなことになって…。」
「いいの。それより、頭、大丈夫。」
「うん、思ったより大丈夫みたいだ。案外丈夫に出来ているみたいだ。」
僕の顔を覗いていた亮子が、
「なんだかそうみたいね。お母さんに感謝しなきゃ。」
「それはそうと、亮子こそ大丈夫なのか。家に帰らないと、お母さんが心配してるんじゃないのか。」
「大丈夫。さっき、電話で友達の家に泊まるって言っておいた…。」
「えっ…。」
亮子はどこか前の方を見やりながら、そう言った。
「どうしようか。」
「そうねぇ、どうしようか。」
夏とはいえ、少しずつ肌寒くなって来ていた。
「どこかに、泊まろうか。」
「そうねぇ。」

僕たちは、何時の間にか鴨川に沿って歩いていた。そして、夕べ見ていたアベックが並ぶ土手をふたりだけで歩いた。そして、一軒の宿の前まで来た。

そこは、怪しげなネオンが光る所謂ラブ・ホテルだった。
その前で、僕は急に何かを思い出したように、ポケット探っていた。
そんな様子を見て、亮子が笑って言った。

「大丈夫よ。お金なら、私が持ってる。」
「ん、そうかい…。」

引きつったように僕は答えたが、正直言って僕には別の意味もあった。
こういう所は僕にとっては始めてだったからだ…。

中に入ると「いらっしゃいませ。」という無人の声が語り掛ける。

「お好きなお部屋のボタンを押して下さい。」

震える指でパネルのボタンを押し、姿無き音声に誘導されてなんとか部屋まで辿りついた。亮子も僕の後から、どうにか着いて来た。何故か、トム・ソーヤとベッキーが洞窟探検している光景を僕は思い浮かべていた。そして、やっと辿りついた奥の広間でかばんを肩から外し腰を下ろすのだった。ただ、そこは岩の上ではなくてふかふかのベッドの上だった…。

「(ふぅ…)やっと着いたね。」
突然の言葉に、亮子も一呼吸置いて、
「そぉねぇ、お疲れ様…。」
と言った。

ふたりとも始めての体験で、心の中は動揺していた。
そして、しばらく落ち着かない目で部屋の中を見廻していた。
そして僕は、おずおずと言った。

「どうだい。この場所も、まんざら悪くないんじゃないか。」

辺りを見廻しながら亮子は答える。

「そおねぇ、悪くもないかなぁ。」
「贅沢言ったらだめだ。これが、現実なんだ。夢見る少女ばかりではいけないんだ。」

僕の言葉のどこかに引っ掛ったのか、僕の顔を見て亮子は言った。
「あなた、何言っているの。」
「だからさぁ、これが現実なんだ。いいことばかりではないんだ、現実は。それに立ち向かっていかなければならないんだ。」
「…。何なのよ、それ…。誰に言っているの…。」
「(えっ)…。うん、そうだねぇ…。
 トム・ソーヤがベッキーに言ったんだっけ…。」
「…。」
納得できない顔で天井を見上げる亮子…。
「そぉなんだ。現実は厳しいんだ。それに負けてはいけないんだ。」
僕は下府いて言った。
すると何を思ったのか、拳を天に突き出して、
「そうだ、そうだ。負けるなぁ。」

と亮子は叫んだ。

亮子を見た。亮子は笑って僕を見ていた。愛しく思った。そして僕は、吸い入られるように亮子の口元へ近付いていった。笑っていた亮子の唇から、そっと力が抜けていった。そして瞳が閉じられ、僕たちは唇を重ね合っていた…。

少し濡れた目で僕を見つめる亮子。そして、僕は亮子の腕を両手で掴んで、もう一度、亮子の目を見ながら唇を重ねた。
今度は、さっきより少し長かった。そして、三たび唇を重ね、少し舌を差し出してみた。
亮子の舌が僕の舌の先に触れた。
僕の舌が亮子の舌をなぞっていった。そしてだんだんと絡み合っていき、いつしかふたりとも貪るようにお互いの舌を吸い合っていた…。

気が付くと、亮子はベッドに横たわり、僕はその上に覆い被さっていた。
亮子の温かい息づく躯がそこにあったが、麻で編んだサマーセーターが僕を隔てていた。
僕はセーターの裾に手をやった。そして、そこから亮子の素肌のお腹へ手を置いた。
亮子は黙って僕を見ていた。
僕は手を動かした。まるで、絹の上の壊れ物のガラス細工を触るように、微(かす)かに震える手で亮子のお腹を辿った。
亮子は目を閉じたり開けたりしていたが、そのたびに目は潤みを増していった…。

僕は亮子のサマーセーターの裾を持って上に手繰り寄せていった。
亮子の白い肌が、だんだんと目の前に広がっていった。
眩しかった。
綺麗に伸び上がった腹筋に続いて、引き締まったウエストのラインが見事だった。そして、もう少し手繰り上げると、軟らかな鈴鐘に似た乳房が姿を見せ始めた。
ふっくらと膨らんだそれが、とても爽やかに僕は感じた。そして、亮子のその部分には白いテープが貼られていた。
僕は黙って、やわらかな、その全容を見せた白い膨らみに唇を近付けた。そして、ふんわりしたそこに、そっと唇をあててみた。
微かに汗ばんだそこは、僕の唇を優しく迎えてくれた。そして尚も押しつける僕の唇を、その膨らみはどこまでも柔らかく迎え入れてくれるのだった…。

僕の唇は、いつしか白いテープの上を這っていた。そして、唇でそのテープをつっ突いてみた。すると、テープの端が僅かに弾けた。
僕は、その弾けた隙間に舌を差し込んでみた。
テープが外れていく。
舌先にコリコリッとした感触を感じた。そして、執拗に舌をそこに絡ませてみると、目の直ぐ前に桜色した美しい突起が姿を見せた。
顔を起こし、手でテープを全て剥がした。

僕の目の前には、すばらしくすてきな光景が展開されていた。

僕は生まれて始めて、とても大切な僕の宝物をやっと見つけた思いがしていた…。

そこで、僕と亮子は始めて結ばれた。
朝、目を醒ますとはにかんだ亮子がいたが、目は相変わらず潤んでいた。
僕は、そんな亮子に熱いキスをした。
そして、亮子の肩に腕を廻した。
裸の亮子は僕の腕の中で居住まいを直す。

「なぁ、ちょっと聞いてもいいかい。」

「んぅ、なぁに…。」

「亮子、昨日貼っていたアレ、なぁに?」

「ウフッ。何だと思う…。」

「分らないよっ。教えて…。」

「えっ、知らないの…。」

「知らないから聞いているんだ…。」

「へぇ、そうなの…。」

 と言って僕の目を覗き込む。

「アレはね…。」

「うん、アレは…?」

 じれったさを我慢している僕…。

「アレはねぇ…。」

「…!は、や、く、言えよ。」

「ギャハハッ。」

「…!。じれったいなぁ。」
「ごめん、ごめん。意地悪するつもりはなかったの。
 でも、面白いんだもの。」

「何が?」

「あ、な、た。」

「んっ。何で?」

「だって、かわいいんだもん。」

「…。かわいい?」
「ウフッ、そうやってすぐ怒るところが。
 でも、あんまり怒ると傷口に響くぞ。」

「おまえ、俺をからかってるのかぁ。」

「ううん、そんなんじゃない。」

「もう、いい。」

「えっ、教えて欲しくないの?」

「もういい。」

「ごめん、ごめん。アレはね、ニプレスっていうの。」

「えっ、なに。」

「だから、ニプレスっていうの。女の子のアレを守るものなの。」

「…?。ふぅ~ん、何から守るんだい?」

間の抜けた事を言ったのかもしれないが、イライラで僕の目は血走っていたに違いない。

「やぁだぁっ。これだから、男っていゃぁねぇ。」

「何でだ?俺、そんな悪い事、言ってないぞぉ。」

「その目、いやらしい。」

亮子は蒲団で胸を隠すようにして言った。ついさっきまで、惜しげもなく僕の目の前にさらけ出していたのに、急に態度を変える。
一体全体…?
白い包帯とネットを巻いた僕の頭の中はぐるぐる目が廻る思いがしていた。

-女心と秋の空。

女は魔物だ…。
その妖艶な姿に圧倒されていた僕だが、少し興醒めする思いもしていた。
思えば、昨日お賽銭の時、適当にお祈りしたのがいけなかったのかと僕は後悔していた。

あれから、亮子と琵琶湖へ泳ぎに行ったりしたが、ついに僕は頭を水につけることが出来なかった。
ビキニ姿でイルカのように泳ぐ亮子を、僕はずっと見守り続けなければならなかった。
亮子の胸に着けられたオレンジ色のビキニはいつも太陽に弾けていた。
それを、僕は木影からそっと一人占めしている思いで見ていた。
色々なことを考えるようになった夏だったが、僕にとってこの世で一番大切な宝物を見つけた夏でもあった…。

第四話 「1999年 9月」

夏の終わりの夕暮れ時、僕はある駅前のビルの三階にある居酒屋で、ひとりバラードを聞きながら酒を飲んでいた。
店の天井から吊り下がっていたアルコールランプが黄色く灯り始めていた。
窓の外の景色は、暮れなずんでいく街にライトを付けた列車が往き交っていた。
だんだんと漆黒の中に浮かび上がる白いホーム。
その上を大勢の人々が、今日も忙しく蠢いている。
-あの人たちは、どこから来て、どこへ行くんだろう…。
ぽつんとそんな事を思った。誰のことでも無い。
ただ、今自分がここにいることを不思議に感じていた…。


すっかり暮れなずんでから僕は店を出た。
そして彷徨ように電車に乗り十三へ行った。
西口では狭い改札口をめがけ、忙しく人が飛び込んでくる。
喧騒と、悪臭と、乱れた原色が入り乱れる街。
それが十三だった。
線路沿いの通称「しょんべん横丁」を歩いた。
昔ここいらのどや街にはトイレがなかった。
そこで、酔っ払った客は、みんな駅の壁に向かってしょんべんを放った。
そこで付いた名前が「しょんべん横丁」。
誰も文句を言う奴はいなかった。
「しょんべん横丁」の奥に「朱」という店がある。
カウンターだけの小さな店で、八人も入れば満員御礼になってしまう。
僕は店の戸を開いた。

「いらっしゃい。」
 明るい声でママ女将が迎えてくれた。
女将といっても僕よりひとつ上の姉御のような存在だ。

「何にする。いつもの奴?まかしとき。」

 姉御は僕の顔を見て勝手に焼酎を入れる。

「どうだった?」

「うん、行って来たよ。」

「大変だったね。」

「そうだね。ホントにびっくりしたよ。なんせ突然だもんな。」

「そうねぇ。ご苦労さま。」

「…。ありがとう。色々心配掛けたね…。」

「何言ってるの。」

「ホント、久し振りに色々悩んでしまったな…。」

「そうだねぇ。」

「こういうのって辛いね。まだ、16歳だって。これからっていう時に…。」

「…。」

「行ってよかったのかな…。」

「何言ってるの。」

「随分考えて行ったけど、駅降りるとやっぱ独りでは心寂しく感じて、それで何も持たずに来たのに気が付いたんだ。駅前で花屋を見つけて、花を買って行ったんだ。お店の人に言って、出来るだけ可憐なものにしてもらったよ。」

「そう。きっと喜んでいると思うわ。」

「そうだといいんだけど…。」

「山さんは、どうだった?」

「うん、やっぱ泣き崩れてしまって…。オレも棺の前まで通されたけど、何も言えなかった…。」

「そう…。」

「まだ、気持ちの整理がつかないんだね…。」

「そりゃそうだろう。」

「やっとの思いで自分を責めないでくれと言って来た。それと、家族を守るようにって…。オレ、いつからそんな偉くなったのかって自分が嫌になったよ…。」

「仕方ないじゃない。それでいいの。」

「たまんないなぁ、こういうのって…。」

山さんの娘が突然自殺した。
高校一年生で、何の前触れもなく突然マンションの14階から飛び降りた。
無機質なコンクリートの上に真っ赤な血を飛び散らせた。
それが彼女の出来る唯一の生の証だったのか…。
何があったのかなんて、誰も知らない。
あるのは、その事実だけだった…。
その事実を聞き、僕の胸は騒いだ。
何かと世話になっている山さんに対する思いが爆発する気がした。

-何かしなければ…。
でも、答えは見付からなかった。
悩んだ挙句姉御に電話した。
姉御は優しく、

「何も言わなくていいから、そばにいてやれ。」
 とだけ言ってくれた。
そして僕は姉御の言う通りにした…。

姉御がさんまを焼いて僕の前に出す。
添えられたすだちを絞って少し醤油を垂らす。

「姉御はなぜ結婚しないんだ?」
話題を変えたくて僕は言った。

「さあ、何でだろうねぇ。私を分るいい男がいないってことかな。」

「そんなことないだろう?姉御はいい女だと思うけど…。」

「まぁ、うれしいこと言ってくれるじゃない。でも、それだけじゃダメよ。」

「何がダメなんだ?」

「うん~っ、なんて言うかなぁ、やっぱりねぇ、こうぐっと来るものがなけりゃ。」

「なんなんだ、それ?」

「うん~っ、何て言うかなぁ、私の為にって言うのかなぁ…、言葉だけじゃダメなのね。」

「なんか良く分らないなぁ。」

「そおねぇ、私も良く分らないけど、心底私の為に尽くしてくれる男じゃないとすがる気持ちになれない。」

「そんな男が居なかったのか?」

「だから、未だにひとりでいるんじゃん。」

「姉御、まさか処女ってことないだろうな?」

「男って、これだから嫌ねぇ。それとこれとは別よ。」

「それって、セックスしたけりゃするってこと?」

「バカ!どうしてそうなるの…。あのね、いいなぁって思っていた人でも、付き合っている内にだんだん化けの皮剥がされていくっていうか、自分のことばかりで大した男っていないなぁってことよ。」

「…。」

「あんたも、そうならないでね。」

「よく、分らないなぁ…。」

 
さんまをちびちびつつきながら僕は言葉を選んだ。

「でも、人ひとりで生きていくっての寂しくないか?」

「全然。結婚だけが一緒になるってことじゃないでしょ。」

「…。それもそうか…。」

「固定観念だけで、生きてちゃだめ。会長さんも、竹ちゃんも、お父さんも、ベラミのママもみんないい人だよ。あの人たちと、おかしく、楽しく生きていくのも悪くないなぁ。」
会長とか、竹ちゃん、お父さん、ベラミのママというのは、この店に来る常連で、気の合う仲間たちだ。

「だけど、そういつまでも長く続くもんでもないだろう…。」

「どうして?先のことは分らないけど、そんなこと考えないよ。」

「どうして?」

「…。そりゃねぇ、全く考えない訳じゃないけど、考えても仕方ないじゃん。明日何があるかなんて誰も分らない訳だから、その明日の為に大切な今日をいい加減にするのもどうかと思うなぁ。」

「えっ、どういうこと?」

「んんっ…、難しい事言わせないで。」

「なんだよ、それ。姉御が自分で言ったんだぞ。」

「そうだけど、自分で何言ってるのか分らなくなってきた。エヘヘッ…。」

「つまり、今日一生懸命生きていたら、夜になって眠たくなって、すやすや寝てしまったら明日になっていたってこと…?」

「そうそう…?まぁ、そういうこと。あんた、頭いいねぇ。」

「何言ってるんだよ。」

「一期一会っていう言葉好きだなぁ。」

「一期一会かぁ。」

「そう、一期一会。この言葉にはいろんな意味が含まれていて、私が生まれて今ここでこうしてるのも一期一会だと思うんだなぁ。分る…。」

「ん…。分らないなぁ。姉御、なんだか急に偉そうになってきたぞ。」

「エヘヘッ。つまりねぇ、お父さんとお母さんがある時どこかで出会ってエッチした。そしたら、私が生まれた。家は裕福ではなかったし、楽しいこともそんなになかったけど、色々な人と出会って生きてきた。私にはそれが楽しかったみたい。辛いこともあったし、泣き明かしたことも一杯あったけど、いつもどこかに誰かがいて私を引っ張ってくれたような気がするの。それが「この人」と特定できるんじゃなくて、私の場合、ばあやであったり、お兄ちゃんであったり、学校の友達だったり、近所のおばさんだったりするんだ。他にも一杯そういう人がいて、その中には死んだ人もいるけれど私の心の中では、今でもそのまま生きていて、「美奈ちゃん、元気。」ってそこのドアからいつでも入って来るような気がするの。だから、私は今日もがんばってお店やっているの。どう、偉いでしょ。」

「エヘヘッ。いい話だなぁ。だけど姉御、姉御がマジでそんな話するとなんだかこっちまで恥ずかしくなってくるよ。」

「エッ、分る。私もなんだか自分で言って恥ずかしいなぁなんて思ってたの。」

「まいった、まいった。姉御にこんな話聞くとは思わなかったよ。」

「どやっ、まいったか…。」

「姉御、オイラちょっぴり羨ましいなぁ。変な話だけど、もし姉御が何かで死んだ時、きっと大勢の人が弔問に来るんだろうなぁ。」

「変なこと言わないでよ。」

「ごめんね。でもふとそんなことを思ってしまった。親族は当然だけど、他にも姉御のことを慕っていたいた大勢の人たちが、悲しんで弔問に訪れるんだろうなぁ。それに比べ、俺なんか嫁にもじゃけんにされて、葬式終わったらせいせいされて、後はほったらかしってなことになるんだろうな。」

「心を入れ替えなさい。今からでも遅くはないよ。」

「なんだそれ、それって、そうだって言ってるみたいじゃんか。」

「みたいじゃなくて、そうなるよって言ってあげてんの。」

「ひぇ~っ。まいった、まいった。」

さんまの乗った皿は小骨だけを残してきれいになっていた。
他に小芋や焼きナスの入った小鉢もきれいに無くなっていった。
小一時間程他愛無い話をして、店を出た。
帰る間際に、姉御が「明日、通夜に行くんだろ。しっかりやんな。」

と、僕の背中に言葉を投げた。

その言葉に押されるように僕は夜の街へ出た。

-そうだ。明日もがんばらなくては。今出来ることを、しっかりやんなきゃ。

そんな事を考えながら、駅への道を急いでいた。

第五話 2003年 7月
外は雨が降り続いていた。
水滴が流れる窓ガラス越しに、キャンパスの樹木が新緑を滲ませていた。仕事の手を休め、ぼんやり窓の外を眺める公子の眼は、やがて来る夏の太陽のように熱く眩しい18歳年下の貴のことを映していた。
「なぜ、こんなことを思うようになったのだろう。」
しばし淡い幻影を見ていた公子だったが、すぐにでも消し去ることが出来る大人になっていた。

夏の日中は長いが、時計の針は関係なく無機質に動いていく。
何時の間にか針は縦一列に並び、店仕舞いをする時間になっていた。
時を告げる時計の替わりに電話が鳴った。

「もしもし、中井ですけど…。」
「あら、中井君。どうしたの。」
「遅くなったんですけど、ご注文の品お届けに上がろうかと思って電話しました。」
「へぇ、今日は来ないのかと思っていたわ。」
「ちょっと道が混んでいて、こんな時間になってしまったんですけど、
 今からお伺いしてもよろしいでしょうか。」
「そうねぇ…。」
「3、40分ほどで行けると思うのですが…。」
「いいわ。今片付けに入ったところよ。
 表は閉まっているけど、裏口が開いているから、そこから入ってきて。」
「はい、分りました。それじゃ今からお伺いします。」

家に帰るのは、少しぐらい遅くなってもいい。
公子は、青春の頃のように気持ちが高まってくるのを感じていた…。

「すいません。」
一瞬、公子はすぐに返事できなくなっていることを感じた…。
「中井です。」
公子は、自分を取り戻しながら、
「あら、中井さん。早かったじゃない。」
「すいません、こんな時間に。」
「いいのよ。それより遅くまでがんばってるわねぇ。
 冷たいコーヒーでもご馳走しようか。」
「いいんですか。それじゃ、お言葉に甘えて。」

公子は普段の自分に戻ろうと努めた。
だが何故か今日は、直ぐにいつもの自分には戻れない戸惑いを厨房の中で感じていた。
それでも、「まぁ、いいか。」と思える
天真爛漫な明るさが公子の性格でもあった。

「はい、お疲れさま。」
貴の前に冷たいグラスを置き、公子はその前の椅子に腰を掛けた。
「荷物、そこに置いておきましたから。伝票にサインお願いします。」
「大変ねぇ、雨の中。はい、ご苦労様。」
と言って受け取りを渡す。
貴がそれを受け取ろうとした時、公子の細い手がまだ伝票の上にあった。
貴の手は、公子の手と重なってしまった。
「(あっ)」
「(なにしてんのよ)」
公子は睨むような目で貴の目を見る。
しかし、その目の奥には思惑を秘めた光が宿っていた。
「す、すいません。」
「いいのよ。」
「ところで、田端さん宝塚の森のプールの優待券があるんですけど、
 いらっしゃいませんか。」
「・・・。」
怪訝そうな目で公子は貴を見つめた。
「えっ、何か失礼なこと言いましたか。」
「・・・。」
「いや、これからシーズンだしお役に立てたらと・・・。」
「プールかぁ。そうねぇ、最近全然行っていないわ。
水着買わなければね。久し振りにビキニなんか買っちゃおうかな。」
「田端さんなら、お似合いですよ。」
「もうおばちゃんだから、ダメよ…。」
「いえ、そんなことないですよ。
 田端さんはまだお若いし、ビキニ姿はきっと素適じゃないかなぁ。」
「中井君、いやらしい目になってる。
 でも、うれしいこと言ってくれるわね。」
「田端さん、スリムだからビキニ姿もきっと超セクシーだったりするんじゃないですか。」
「お世辞言って。でもねぇ、もうこの年だから…。
 誰も振り向いてくれないわ。
 私なんかが着ていればきっと恥知らずって思われちゃうわね。」
「そんなことないですよ…。」
「で、なんで森のプールなの。」
「えっ…、優待券が手に入ったものですから…。」
「誰と行くの…。」
「お子様がいらっしゃると聞いていたので…。」
「ふぅーん。ところで、あなた内の子いくつだと思っているの。」
「そうですねぇ。小学校2、3年生かな…。」
「・・・。そう。残念だけどはずれ。内の子は、もう大学生よ。」
「えっ・・・。」
「どうしたの、その顔。鼻の頭に汗いっぱい溜めて…。
 なにをじろじろ見てるの。」
「…。田端さんお幾つですか…。」
「失礼ねぇ、女性に年を聞くなんて。貴方、それでも男。」
「いっ、いやぁ、失礼しました…。」
「でもねっ、まだまだ私もビキニを着てプールサイドで寝そべってみたりしてみたいなぁ…。」
「きっと素敵ですよ。」
「それだけ…。」
「はぁ…?」

外はすっかり暗くなっていた。グラスの氷もすっかり溶けていた。
「ぼちぼち帰らなければ…。」
「あっ、そうですね。すいません、遅くまでお付き合いいただいて…。」
「いいのよ。それと、そのセリフ、そっくりそちらにお返しするわ。」
「えっ?」
「ちょっと、戸締りするから手伝ってくれる。」
「はい…。」

公子は、窓の錠を確認に廻ろうとした。
貴が来る前にすでに確認はしてあったが、公子には貴とふたりだけでいる空間が快かった。
栓錠を確認しカーテンを閉める。貴も真似て、となりの窓の確認をしている。
その姿を見ていると、ふとある衝動にかられてくる。
遠い昔に置き去りにされている感覚…。
自分でも分らない、理性では計り知れないものだけど、脳の中枢から訴えてくる衝動。
得体の知れないもやもやとした感覚でもあった。
もっと私を意識して欲しい・・・。
公子はだんだんと壊れ掛けていく自分を感じていた。
誰もいない部屋の中で、男と女ふたりきり…。
蛍光灯の明かりが何故か白々しく感じる。
じれったい思いを胸に秘めながら、全ての窓ガラスを確認していった。

「さぁ、帰りましょうか。」
いつもの爽やかな笑顔を見せて公子は言った。
「そうですね。」
出口で全ての照明を消し、公子と貴が表へ出た。
裏口の扉を閉め、鍵を掛ける公子。
薄暗がりの中、息のかかる程すぐ横に立たずむ貴。
公子は、貴の顔を眩しそうにゆっくりと見上げた。
「それじゃ、お疲れ様。」
「お疲れ様でした。また電話します。」
「そうね。それじゃ。」

公子は元気よく手を振って、その場を後にした。
貴も、小さく手を振ってキャンパスの反対方向へと歩いて行った。

今年は本当によく雨が降った。
梅雨だからあたり前かもしれないが、これほど振り続くのも珍しい。
そんな合間を縫うように今日は午後から陽が射して来た。
窓ガラスの外の樹木は、澄んだ太陽に照らされてキラキラ輝いていた。
あれから一週間、貴からは何の連絡もなかった。
公子の心の中は、窓ガラスの外とは対照的に重い雨雲が垂れ込めているようだった。
家庭を持つ主婦。50を過ぎる夫と20歳の娘がいる。
自分はこのまま何事もなく「おばあちゃん」になっていくのか…。
いや、まだまだ私は若いわ。これからも楽しまなくっちゃ。
交錯する心に暗澹としている。
公子は、いつのまにか失っていた「自分」を求めていたのかもしれない。
恒星の周りを廻る光を持たない惑星。夫に娘にただ尽くしているだけの日常。
それが決して不満ではなかったのだが、いつしか馴れ合いになっていたのだろうか…。
窓ガラスの外の雨に濡れた樹木の輝きを、眩しく見つめているだけの自分が悲しく思えきた…。

電話が鳴った。
「もしもし、中井ですけど。」
「あら、久し振りね。どうしたの?」
「ちょっと、近くまで来たものですから…。
 来月の新刊のリストが出来ているのでお持ちしようかと思って。」
「あらっ、わざわざ持って来なくてもいいのよ、FAXでいいわよ。」
「いやぁ、ご無沙汰してますので、ちょっと田端さんの顔見て帰りたいなぁ。
 なんて思って…。」
「あらっ、いつからそんな風になったの?」
「えっ…。
 取敢えず、今から行ってもいいですか。」
「分りました。お待ちしております。」
 久し振りに心が高鳴ってくるのを、公子は感じていた。

時計の針は、すでに6時を過ぎていた。
天気も良かったので店の中は随分明るかった。
店仕舞いをすませ、机に座って今日の伝票の整理をしていた。
しばらくして裏口が開く音がした。誰かが入ってくるが、無言だった。
靴音だけが響き、公子の心臓の鼓動を共鳴させていく。
貴に間違いないと思い、素知らぬ振りをすることにした。
店に入る扉が開いた。

「すいません、遅くなりました・・・。」
「あら、いらっしゃい。」
公子は今始めて気付いたように、貴を振り返る。
時計を見る振りをして、
「あら、もうこんな時間・・・。外はまだ随分明るいわね。」
「・・・。」
「お疲れ様。何か飲む?」
「・・・。」
「どうしたの?今日は元気がないみたいね・・・。」
貴の顔を覗き込む。貴の額に汗が滲んでいた。
「いつもと違う」思いがしたが、子供のように庇ってやる気持ちは
今日の公子は持ち合わせていなかった。
「えっ、アイスコーヒー頂きます。」
消え入りそうな声で貴は答えた。
「そこに座ってて。今、入れてくるわ。」

公子は厨房へ行き、アイスコーヒーをふたつ用意した。
それと買っておいたケーキを皿に盛り、店に戻った。
黙って座っている貴の右側へ廻った。
テーブルにお盆を置き、アイスコーヒーとケーキが乗ったお皿を右手で貴の前に差し出す。
身体が自然と貴の方を向く。
公子の胸が貴の肩に触れようとするが、触れきれない。
「はい。召し上がれ。」
「わぁ、すごいご馳走ですね。」
「遠慮せずにどうぞ。」
「いただきまぁ~す。」
貴の腕が前に伸びる一瞬、貴の肘が公子の胸の先をかすめたような気がした。
自分の席に戻り、アイスコーヒーにホイップを入れる公子。
黒い液体の中に白いクリームが落ちていく。
ストローを取り出し、ゆっくり掻き回しても白いクリームはなかなか黒い液体と溶け合わず、白い渦巻きになっている。
その白い渦巻きをそのままにしておく方がいいいように思った公子は、ストローを持つ手を止め貴の顔を見た。
無邪気にケーキを頬張る貴はいつもの貴に戻っていた。
だが、公子は先ほどまでのどこか緊張した雰囲気のある貴を今日は望んでいた。

「中井君、大丈夫?今日は、何か変よ。」
「えっ、そうですか・・・。」
唇にクリームをつけたままで返事をする。
「さすがの中井君も、暑さにやられたかな?」
「そんなこと無いですよ。」
「そうね。中井君、若いものね。元気盛り盛りだもんね。」
「何言ってるんですか。田端さんのほうが変ですよ。」
「そうかしら。私、まだ書類が残っているから、ゆっくり涼んでいって。」

店の中は、何時の間にか蛍光灯の明かりが白々と感じられるようになっていた。
自然の光ではない分、外が暗くなると蛍光灯の明かりは妙に白々しく感じる。
すっかり汗の引いた貴は、さっきから黙って帳簿の上を動く公子の白い手を見ているかと思えば、天上の一点をぼんやり眺めていたりする。
氷が溶けてしまったアイスコーヒーのグラスの底をストローで啜って、公子は目を上げた。
貴と視線があった。ストローに口を付けたまま、何の表情も見せずにしばらく貴の目を見ていた。
貴は困ったような表情を目に浮かべたまま公子の目を見返していた。

「ぼちぼち終わるわ。」
無感動に公子は言った。
「・・・。そうだ、戸締りしましょうか。」
思い出すように貴は言った。
「悪いわねぇ。そうしてくれる。」
「はい。喜んで・・・。」
貴は勇んで椅子から立ち上がると、窓の方へ歩いていった。
店の空気が流れ始めた。
「やっと、終わったわ。」
「僕ももう少しです。」
公子が椅子から立ち上がり、帳簿を片付けに書棚に向かった。
貴は窓の栓錠に駆け回っている。
「やれやれ、やっと帰れるかなぁ。」
「ちょっと、待ってください。もう直ぐ終わりますから。」
小気味よく動く貴の身体からは、躍動感が溢れている。
それを尻目に公子はバックの中から化粧道具を取り出し、涼しい顔して化粧直しを始める。
しかし、公子の額にもうっすらとした汗が滲み始めているのに気付かないわけにはいかなかった。
「終わりました。」
肩で大きく息付きしながら貴が叫んだ。
「ご苦労様。また、汗を掻いてしまったわね。」
貴の目をじっと見ながら公子はバックからハンカチを取り出し、そっと額の汗を拭いてやった。
肩で息をしている貴も公子の目を見たまま、じっとされるままになっていた。
が、貴の目には、先程の緊張感が戻っている。
公子の目が貴の目から額へと移り、公子の口元が少し弛みかけた瞬間、貴が公子の差し出された手首を掴んだ。
公子は瞬間的に目を閉じ、身体に緊張感が走った。
が、抵抗することは無かった。
そっと目を開けると、真剣な眼差しで貴が公子を見ている。
貴は掴んだ手を下に下げると、そのまま公子の腕を両側からそっと掴み顔を近づけてきた。
公子は再び目を閉じて、貴の唇を捕らえるためにそっと上を向いた。

真っ白な蛍光灯の下で、公子は裸体を晒していた。
先程まで、マグマのように熱くなった貴の身体の中で自分も灼熱の炎のように燃え滾っていた。
躍動する貴の腕の中で、公子もすっかり登りつめていたが、それは広大な宇宙の中から、たった一粒の生命体を蘇生させるかのように、崇高ではあるけれどどこかむなしさを理性の中で感じていた。腹の上には、貴の放った白い液体がまだ幽かな熱を残している。この白い液体は決して私とは混じり合わない。公子は身体の中心部からゆっくりと波状的に押し寄せて来る津波に、生まれ変わろうとして変れなかった自分が渦を巻いてそこにいるのだと思った。蛍光灯の光が降り注ぐ部屋の下で、公子は冷たいタイルの感触を背中に感じていた。

今年も夏が終わろうとしていた。
いつにない冷夏だったが、9月に入ってから思い出すような暑さが戻ってきた。
都会のホテルのプールサイドで、公子は黒のビキニ姿で身体を横たえていた。
無駄な脂肪がひとつもないそのスリムな身体は、
充分に大人の魅力を備えていて華麗に美しい姿だった。
目に浮かぶ空は、どこまでも蒼い。
が、その空の向こうにある世界は・・・。

「そんなことは、どうでもいい。」
今横で甲斐甲斐しく飲み物を運ぶ貴を見ながら、公子はそう思った・・・。

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